時間をやりくりする練習

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時間にはどうしても計画できない面があります。緊急事態や思わぬ状況に出くわしたりするからです。時間の使い方を選ぶことも大切ですが、そういう不測の事態に備え、やりくりして合わせる練習をすることも同じように大切です。計画通りに時間が過ぎていかないからといって、あせってはだめです。そういうこともあると前もって心し、時間を調節できるようにしておきましょう。現実的な見通しを持っていれば、フラストレーションや敗北感を抑えられます。現実的な見通しがないと、必要な予定変更をするどころか、「ゼン.アンド・ジ・アート・オブ・モーターサイクル・メンテナンス(禅とバイクの維持法)」の中でロバート・ピルシグがいうような「積極性の民」にはまってしまいます。これは「完全じゃない。だからもうやってられない」という心理です。もっとも、ほかにやることができたり、時間を食ったりしたときに自動的にやりくりするようになってはいけません。そういうとき、予定変更するしかないもの、またはそのほうが望ましいものと、他人の要求や好みの押しつけによるものを見分けるのがコツです。前者はやりくりが、後者は断固とした態度が必要になります。

遊ぶ時間をとり入れる

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ジョンは建設業者です。労働時間が長く、建設現場を去ってもそれで仕事は終わりません。今後の入札準備や賃金の工面、材料の発注、請求書の支払い、税金の申告準備、現プロジェクトの問題解決など、切りがありません。いつも走って追いかけているような時間の過ごし方です。まるで人生が横を通り過ぎているような気分です。たまには息抜きして何か楽しいことをしたら、と私がいうと、彼はこういいます。「できないよ。後ろめたすぎて。やるべきことが全部終わっていないのが自分でわかっているからね」ジョンのように、堂々と遊ぶ時間を持てない人は多いでしょう。けれども、私たちが再び地に足をつけ、エネルギーを充電できるのは、そういう自由で気ままな時間があればこそなのです。レクリエーションという言葉を考えてください。仕事と眠ること以外の活動を表す言葉として使われていますね。レクリエーションとは、やらなくてはいけないことを全部やったあとに時間が残っていれば、その時間にやることだと考えがちです。大多数の人と同じで、私も言葉には知覚形成の力があると固く信じています。そして、レクリエーションという言葉の本当の意味が失われているとも思うのです。ラテン語のもとの意味は「健康を回復すること」で、「仕事のあとの体力や精神力をリフレッシュさせること」を指します。この言葉の動詞、「リクリエート」を辞書で引くと、「新しい生命や新鮮さを与えること」です。「娯楽や気晴らし」という考えはこれでひっくり返されます。そう聞いても、リクリエーションはよぶんなぜいたくに思えますか?だとしたら、お金に飢え、仕事にとり懸かれた社会に洗脳されているのです。そういう人は雑巾のように絞って干され、長生きなどできないでしょう。今こそレクリエーションについて考え直すときなのです。ニール・フィオーレは『ザ・ナウ・ハビット(今という習慣)』の中で、仕事の時間をもっと楽しく、実りあるものにするには、遊ぶ時間を前向きにとり入れるのが鍵だといっています。「休日や休憩、運動をケチると、気分が沈んでやる気も起こらなくなります。ほうれん草ばかりで、デザートのない人生に思えてきます」楽しみ事―庭仕事、スポーツ、工作、読書、絵画、愛し合うこと、ハイキング、友だちに会うこと、旅行―を持つのに後ろめたさがなくなれば、充実した人生はお預けにならないでしょう。簡単生活はバランスのとれた生活です。やりくりは必要かもしれませんが、バランスのとれた生活をすることで人生を楽しめるのです。